Tatsuya Nakamura <ds,perc>
 (C)Shigeru Uchiyama/Whisper not 
中村 達也(1945.1.2~)

"オイコラ!ナニシテル?"「ハイ、コンサートのポスター貼ってます。」"シュサイシャハ?"「ハイ、中村 達也です。」"I.J.E.ッテナンナノサ?"「ハイ、中村 達也です。」"ダイヒョウシャハ?"「ハイ、中村 達也です。」"ダレニタノマレテヤッテンダ?"「ハイ、中村 達也です。」"ダレノコンサートカネ?"「ハイ、中村 達也です。」"ゼンブナカムラタツヤカネ?"「ハイ、自分の事は全部自分で面倒見てます。」
・・・もうずいぶん昔の話ですが、自主コンサートのポスターを自ら貼って歩いた時、オマワリさんに見つかって署へ連行された時の、ナントモこれは達也さんの本質をついた、達也さんらしいエピソードではあ〜りませんか。

栃木の田舎から中卒で上京。高校の学費を稼ぐために叩き始め、今田勝トリオ・高木元輝・沖至・高柳昌行らに在籍共演。'74年に渡米してリチャード・デイビス等と親交を深め、自主アルバムを制作して帰国した。その後も太平洋を股にかけてたびたびニューヨークに渡り、リチャードの他ファラオ・サンダース、ジョージ・アダムス、ジョン・ヒックス等を擁した意欲的なアルバムを発表したほか、オーストラリアやインドネシア、旧東ドイツへも自己のグループでツアーを組んだり、米国からジャズメンを招聘してコンサートを企画するなど、もうこうなると「自分の事は」のみならず「何でもかんでも面倒見てます。」状態のバイタリティーなのであります。

さて、その達也さんから久しぶりにコンサートの案内をいただいて、なぜかとんでもない事を思い出してしまった。もう、20年も前の事、広く海外にも太洋をまたいで活躍する達也さんが股にかけた海をテーマにした「クォーター」を発表したのを機に、これは確か、葉山あたりの海岸にドラム・セットをドッサリ運んでいただいて特集ページのために撮影させてもらった。

ドッサリと言ったのは、"クォーター・ドラム"と称する当時達也さん自ら考案/制作された何と大小・長短38個に及ぶ大変なシロモノだったのであります。勿論クルマで運搬したのですが、そのドッサリの機材を喜々として運び、楽しそうに海辺にセットした達也さんの笑顔を今も懐かしく思い出します。

っと言うわけで、昔も今も、常に真摯な姿勢で音楽に向かう達也さんの情熱をかって、ぼくのホームページには、渡辺 貞夫や日野 皓正を差し置いて、"初"の日本人ジャズ・ミュージシャンの登場です。
少々(かなり)古い写真で恐縮ですが、ご覧ください。ぼくの達也さんに関する最大最良の思い出、「若き日の"中村 達也 By The Sea"」。


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